なぜ戦争はなくならないのか?


日本は中国やロシアといった共産国と国境を接し、領土問題を抱えています。
ですからアメリカと安全保障条約を結び米軍その核の傘で侵略から守ってもらうべきだという考えが
支配的です。 ※注1

                        

たしかに東西冷戦の時代であれば、アメリカと同盟を結び共産勢力と闘っていく必要があった
かもしれません。

しかしソ連が崩壊し、アメリカの1人勝ちの状況に変わった後も日本は米軍の駐留を許し、ロシアや中国、
北朝鮮に対する警戒を続けてきました。

もしそのことに異議を唱える人がいれば反日、共産主義者、在日朝鮮人などとレッテルを貼られ、
右翼団体の攻撃まで受けることになるかもしれません。

しかしもし日米同盟を解消したら、中国やロシアは本当に日本に攻め入ってくるのでしょうか?

日本の国民は戦争を望んではいません。
同じことはロシアや中国の国民にも言えるでしょう。

本当に民主化された国同士であれば戦争は起こらないと言います。
たとえ為政者が戦争に行けと命じても民主化された国であれば国民は『嫌だ』と言って断ることが
できます。

私たちは武装する理由を一方的に中国やロシア、北朝鮮の存在のせいにしますが、我々自身に、
そして民主主義を教えてくれたはずのアメリカにも本当の民主主義が実現されていないからだ
ともいえます。つまり戦争をあおっているのはのは国家であって、国民は戦争を望んでいないのです。

大陸弾道弾ミサイル

国家はなぜ戦争をしたがるのでしょうか? 理由は、軍産複合体と呼ばれる存在のためです。

もし戦争がなくなってしまえば軍人は影が薄くなります。どの国も軍部が強力な力をもっていることは
前に述べた通りです。武器を作る会社(死の商人とも呼ばれます)も武器が売れなくなってしまいます。
そういう人たちにとってはまったく平和な時代よりも、戦争が起こるかもしれないと皆が不安に感じる
時代のほうが好都合です。

国際間の緊張が高まれば軍人の存在感は高まり、兵器メーカーは新しい製品をふんだんに生産することが
できます。ですから軍部と軍事産業が協力して(軍産複合体)国家に圧力をかけ中国やロシアとの関係を
あおっていても不思議ではありません。

さらに歴史的な視点で考えてみましょう。

江戸時代以前まで日本は小国に分かれて戦争を繰り返していました。
そして明治維新で日本という国家にまとまりました。
もう再び小さな国に分かれて戦争をするということは考えられません。
中央政府が突出した権力を持つようになったからですが、その原動力となったのは火薬の発明です。

鉄砲や大砲が発明されるともう城にこもって地域戦を戦う意味はありません。
大砲によって城ごと吹っ飛ばされてしまいます。

技術の革新によって国が大きな単位でまとまるようになりました。
ヨーロッパの歴史でもほとんど同じ流れをたどっています。

今度は核兵器の登場によって再び大きな流れが起きようとしています。
もはや核戦争を行うことは国家や人類の滅亡を意味します。

国同士が核兵器を持ち合い、にらみ合いを続けるということは城にこもって大砲を構え続ける
ようなものです。

核兵器ができてしまった以上、もう人類は戦争をすることができません。民主主義を一層推し進め、
軍産複合体という利権団体を絶滅させなければいけません。

注1 日米同盟は決して日本人の本意であったわけではありません。1960年当時この日米安全保障条約
に反対するため10万人以上もの国民が国会議事堂を取り囲むデモを行いました。結局、岸信介という首相が
強引に日米同盟を可決させましたが、彼はアメリカのCIAのエージェントだったことが後に明らかになって
います。下の動画を見てもらうと一般の国民は共産国やアメリカに対して中立の関係で平和を望んでいた
ことがわかります。