• 寝室が別になった日〜夫婦円満のために距離を取った話〜

    結婚してからずっと寝室は同じだった。

    なんなら同棲時代から妊娠後期までベッドまで同じ。

    セミダブルである。

    今思うと正気ではない。

    妊娠後期の私。

    万年ダイエッターの殿。

    狭い。

    非常に狭い。

    お腹の子が苦しいからという建前で、寝る場所を別にしたいと申請した。

    今思えば本当の理由はホルモンバランスだった気がする。

    たぶん。

    娘が生まれてからは川の字生活

    こむぎが生まれてからはベッドをやめた。

    布団を並べて川の字で寝る生活。

    それがつい最近までずっと続いていた。

    でも私はずっと思っていた。

    できれば別に寝たい。

    産後のホルモン。

    更年期のホルモン。

    いろいろ重なって、とにかく眠りが浅い。

    そして殿は生活音が爆音である。

    爆音で生きる男

    何十回言っても変わらない。

    娘が小さい頃。

    ようやく寝かしつけた。

    やっと寝た。

    その瞬間。

    ドスドスドス。

    バタン!!

    ドアが閉まる。

    起きる娘。

    絶望する私。

    何度あったかわからない。

    しかも今でも変わらない。

    歩く音が大きい。

    ドアを閉める音が大きい。

    なぜそんなに全力なのか。

    寝室別制度は過去に却下されていた

    実は過去にも二度ほど提案している。

    寝室別制度である。

    しかし見事に却下。

    理由はこうだった。

    「別にしたらそのまま離婚しそうだから」

    意味がわからない。

    寝室と離婚の距離が近すぎる。

    思考回路が謎である。

    結局そのまま我慢してきた。

    更年期と睡眠不足のコンボ

    更年期になってから眠りはさらに浅くなった。

    ようやくウトウトしてきた頃。

    ドスドス。

    バタン。

    ビクッ。

    目が覚める。

    そしてもう眠れない。

    朝になる。

    寝不足である。

    更年期である。

    イライラしている。

    そこで殿が言う。

    「なんでそんなに機嫌悪いの?」

    「俺なんかした?」

    した。

    めちゃくちゃした。

    でも本人は気づいていない。

    そのことにさらにイライラする。

    完全なる悪循環である。

    きっかけは大きめの喧嘩

    ある日、結構大きな喧嘩をした。

    実家に帰ろうかなと思うレベル。

    というか、ほぼ一方的な言いがかりだった。

    だったらもういい。

    その日はこむぎと別の部屋で寝た。

    するとどうだろう。

    快適だった。

    実に快適だった。

    静か。

    平和。

    最高。

    殿は覚えていないらしい

    翌日。

    殿は普通だった。

    そして後日判明した。

    本人は寝室が別になった原因をよくわかっていなかった。

    喧嘩は覚えている。

    でも寝室が別になる決定打になった発言は覚えていないらしい。

    そんな都合のいい話があるか。

    その部分だけ綺麗に記憶が抜けるものなのか。

    私は疑っている。

    かなり疑っている。

    三日後に来たLINE

    三日ほど経った頃。

    夜にLINEが来た。

    「まだ寝室別なのか?」

    である。

    そこで説明した。

    喧嘩とは別。

    好き嫌いとも別。

    生活音の問題。

    睡眠の問題。

    お互い快適に寝るための問題。

    だから寝室は別にしよう。

    そう伝えた。

    すると意外にもすんなり受け入れた。

    たぶん。

    自分にも非があることはわかっていたのだと思う。

    しょんぼりしていたけれど。

    今は実に快適である

    それからずっと。

    こむぎと二人で寝ている。

    実に快適である。

    朝のイライラもかなり減った。

    睡眠って大事だったのだ。

    ちなみに。

    生活音爆音の殿の隣でも。

    こむぎはずっとスヤスヤ寝ていた。

    いびきも平気。

    子どもは強い。

    私は無理だった。

    今は静かな夜である。

    そして私は今日も平和に眠る。

  • ブログ40記事書いて気づいたこと〜ネタは家の中に転がっていた〜

    気づけばブログ40記事。

    自分でも少し驚いている。

    始める前は続くかどうかわからなかった。

    というか。

    正直に言うと。

    数記事書いて満足して終わる気がしていた。

    ところがどっこい。

    40記事である。

    想定外である。

    ネタは探すものではなかった

    ブログを書く前は思っていた。

    そんな毎日ネタなんてないだろうと。

    芸能人でもない。

    特別な生活をしているわけでもない。

    旅行だって毎日行くわけじゃない。

    なのに。

    書き始めて気づいた。

    ネタは探すものではない。

    転がっているのである。

    しかも家の中に。

    一番ネタを供給しているのは殿だった

    旅行記も書いた。

    推し活も書いた。

    子育ても書いた。

    しかし。

    振り返ると。

    一番記事数を稼いでいるのは殿である。

    手羽先を頼む。

    結婚指輪が埋まる。

    弁当はいらないと言ったのに復活する。

    水筒の氷を監査する。

    了解だけ返してくる。

    気づけば殿観察日記になっている。

    本人は知らない。

    たぶん今後も知らない。

    こむぎもなかなか強い

    こむぎは突然名言を放つ。

    突然泣く。

    突然怒る。

    そして突然面白い。

    親だから慣れているけれど。

    文字にしてみると結構おもしろい。

    本人はいたって真面目である。

    そこがまた面白い。

    イライラもネタになる

    これは思っていた以上の発見だった。

    以前なら。

    イラッ。

    で終わっていた。

    ところが今は違う。

    イラッ。

    待てよ。

    これ記事になるな。

    になる。

    すると不思議なもので。

    少し笑える。

    もちろん腹が立つことは腹が立つ。

    でも。

    ネタになると思うと少し得した気分になる。

    ブログとは不思議なものである。

    完璧じゃなくてもいいと知った

    昔の私は書く前に考えすぎていた。

    タイトルを悩む。

    書き出しを悩む。

    途中で止まる。

    そして公開しない。

    そんなことも多かった。

    でも今は違う。

    まず書く。

    公開する。

    細かいことは後で考える。

    すると意外と続く。

    40記事続いた理由は才能でも根性でもなく。

    完璧を目指さなかったからかもしれない。

    40記事書いてわかったこと

    毎日は想定外だらけだった。

    だからブログ名は間違っていなかった。

    今日もだいたい想定外。

    殿も想定外。

    こむぎも想定外。

    私自身も想定外。

    そして。

    まさか40記事も続くとは思っていなかった。

    これもまた。

    想定外である。

    たぶん41記事目も。

    42記事目も。

    何かしらの想定外が起きるだろう。

    その時はまた書こうと思う。

    だって我が家は。

    ネタが尽きる気がしないのだから。😆

  • なぜ私だけ待ちぼうけなのだろう 〜塾体験中の駐車場より〜

    こむぎが塾の体験授業に行った。

    本人は楽しみにしていた。

    私は送迎担当である。

    塾まで車で送り届ける。

    そして。

    体験授業が終わるまで待つ。

    当然のように待つ。

    問題はここからである。

    駐車場で突然暇になる

    送り届けた瞬間。

    やることがなくなった。

    家に帰るには微妙な距離。

    買い物に行くにも中途半端な時間。

    結局。

    駐車場で待機である。

    スマホを見る。

    少しブログを書く。

    またスマホを見る。

    車内の時計を見る。

    まだ10分しか経っていない。

    体感では40分くらい経った気がしていた。

    待ち時間というのは不思議である。

    周りを見ると少し焦る

    ふと周りを見る。

    同じように送迎している保護者がいる。

    そして。

    こむぎと同じくらいの子どもたちが次々と塾へ入っていく。

    その姿を見ていると考えてしまう。

    みんな受験するのかな。

    みんな頑張っているのかな。

    小学生なのにすごいな。

    私が小学生の頃なんてどうだっただろう。

    たぶん。

    泥だんごを作っていた。

    あと秘密基地。

    勉強の記憶はあまりない。

    親だけ勝手に未来へ行く

    まだ体験授業である。

    入塾も決まっていない。

    何も始まっていない。

    なのに親の頭の中だけ忙しい。

    もし通うことになったら。

    送迎はどうしよう。

    宿題は増えるのかな。

    受験するのかな。

    合格したら。

    いや。

    落ちたら。

    まだ体験授業である。

    何一つ決まっていない。

    それなのに勝手に数年後まで行って帰ってきている。

    当の本人はあっさりしていた

    授業が終わった。

    こむぎが出てくる。

    どうだった?

    と聞く。

    すると。

    「楽しかったー!」

    以上である。

    悩みなし。

    不安なし。

    未来の心配なし。

    ただ楽しかったらしい。

    結局いつもそう

    子育てをしているとよく思う。

    心配している時間の大半は親の時間である。

    子どもは案外たくましい。

    親が勝手に想像して。

    勝手に不安になって。

    勝手に疲れている。

    そして本人は。

    「楽しかったー!」

    で終わる。

    今回もまさにそれだった。

    駐車場で一人あれこれ考えていた私と。

    授業を楽しんできただけのこむぎ。

    どうやら待ちぼうけだったのは時間だけではなく。

    心配もだったらしい。🤣

  • 私は家族のGPSではない

    最近ふと思う。

    私は家族のGPSではない。

    なのに。

    なぜか毎日何かを探している。

    まず殿が聞いてくる

    ある日のこと。

    殿が言った。

    「俺の車の鍵知らない?」

    知らない。

    見ていない。

    触ってもいない。

    そもそも最後に持っていたのは殿である。

    しかしなぜか聞かれる。

    そして私も反射的に探し始める。

    なぜだ。

    こむぎも聞いてくる

    続いてこむぎ。

    「マウスピースどこ?」

    知らない。

    むしろそれは本人が管理すべきものである。

    だが聞かれる。

    しかも過去にも数回行方不明になっている。

    そのたびに家中を捜索する。

    ソファの隙間。

    ランドセル。

    机の下。

    なぜか洗面所。

    発見される場所は毎回予想の斜め上だ。

    家族はまず私に聞く

    水筒。

    体操着。

    学校のお便り。

    充電器。

    通帳。

    印鑑。

    リモコン。

    なぜか全部私に聞く。

    私は管理者ではない。

    保管係でもない。

    なのに。

    家族の第一声は決まっている。

    「どこにある?」

    知らないと言うと始まる

    「えー?」

    「見てない?」

    「知らない?」

    知らないと言っている。

    本当に知らない。

    だがなぜか私が知らないことに驚かれる。

    むしろ聞きたい。

    なぜ知っていると思ったのだろう。

    そしてだいたい見つかる

    不思議なことに。

    私が探し始めると見つかる。

    車の鍵は上着のポケット。

    水筒は車の中。

    マウスピースはランドセル。

    充電器は本人の手元。

    最後のやつは本当に意味がわからない。

    私はGPSではない

    位置情報を把握しているわけではない。

    AirTagでもない。

    探知機でもない。

    ただ。

    長年の経験で。

    「あそこじゃない?」

    が当たるだけである。

    もはや特殊能力に近い。

    今日も呼ばれる

    そして今日もどこかで声がする。

    「ねぇ、あれどこ?」

    まず自分で探してほしい。

    そう思いながらも。

    私は立ち上がる。

    そしてなぜか見つけてしまう。

    気づけば我が家で一番性能の良いGPSになっていたのである。🤣

  • その独り言、たぶん独り言じゃない

    誕生日が近い。

    しかも4日違いである。

    先に私が誕生日。

    その4日後が殿の誕生日。

    先日、飲みに行った帰りだった。

    私は少し酔っていた。

    殿も酔っていた。

    そして毎度のことながら、帰宅した殿は真っ先に寝室へ向かう。

    昔からそうである。

    娘がまだ小さかった頃から変わらない。

    帰宅したら自分だけ寝る。

    私は酔っていても娘のことを見ている。

    とはいえ今のこむぎはもう乳飲み子ではない。

    正直、今となっては問題ない。

    むしろ寝るなら早く寝てくれである。

    そんな帰宅後の出来事だった。

    酔った勢いは恐ろしい

    寝室へ向かう殿に向かって私は言った。

    「時計買おっかー」

    実は以前から欲しいと言っていたのである。

    時計。

    高そうなやつ。

    なんかステイタスとか言っていた気がする。

    私は時計に興味がないのでよく覚えていない。

    とにかく酔った勢いだった。

    すると殿は言った。

    「いいよー。いらないよー」

    ふーん。

    そうですか。

    せっかく言ってあげたのに。

    いらないならいらないである。

    私はそのまま寝た。

    一晩考えたのだろう

    翌日。

    仕事から帰宅した殿。

    開口一番こう言った。

    「二人で時計買わない?」

    私は思った。

    考えたな。

    一晩。

    絶対考えたな。

    昨日の夜は勢いで断ったものの、

    朝起きてからずっと頭の片隅にあったのだろう。

    時計。

    欲しいな。

    でも昨日いらないって言ったしな。

    でも欲しいな。

    どう言おうかな。

    どう切り出そうかな。

    その結果が。

    「二人で時計買わない?」

    だったのだと思う。

    だが残念だった

    私は時計に興味がない。

    本当にない。

    誰がどんな時計をつけていても。

    高級時計だろうが何だろうが。

    感想はだいたい。

    「ふーん」

    である。

    昔なんて千円くらいの時計だった。

    時間がわかれば十分。

    何も困らない。

    今使っているのもスマートウォッチ。

    推し活のためである。

    寺西拓人のインスタ更新を即座に知るため。

    それだけで十分価値がある。

    待ち受けも推し。

    通知も来る。

    最高である。

    高級時計に求めるものがない。

    こむぎにまで見抜かれる

    私が断ると、

    横で聞いていたこむぎが言った。

    「お母さんは時計に興味ないよ!」

    その通りである。

    100点満点の分析である。

    殿は少ししょんぼりした。

    そして最後にぽつりと言った。

    「じゃあお金貯めて買うわ。ほしいし」

    私は聞いた。

    確かに聞いた。

    だが。

    あれは独り言だったと思う。

    たぶん独り言である。

    独り言だよね?

    そういうことにしておいた。

    だから私は何も返事をしなかった。

    だって昨日、

    いらないって言ったのだから。🤣

  • 「AI画像きしょい」を見てちょっとへこんだ話

    最近スレッズを見ていると、

    AIに「ありがとう」と言うなという投稿が流れてくる。

    どうやら電力を使うらしい。

    サーバーに負荷がかかるらしい。

    地球に優しくないらしい。

    なるほど。

    たしかにそうなのかもしれない。


    私は結構ありがとうを言う

    しかし困った。

    私は結構ありがとうを言う。

    店員さんにも言う。

    レジの人にも言う。

    荷物を持ってもらった時も言う。

    道を譲ってもらった時も言う。

    長年そうやって生きてきた。

    だから急に

    「AIにはありがとうと言うな」

    と言われてもなかなか難しい。

    ありがとうは反射なのである。


    今度はAI画像が気持ち悪いらしい

    さらに最近よく見かける。

    AI画像は気持ち悪い。

    すぐわかる。

    いらすとやの方がマシ。

    そんな投稿である。

    たしかに言いたいことはわかる。

    私も見ればAIだなと思う画像はある。

    指が多かったり。

    なんだか不自然だったり。

    独特の違和感があったり。

    そういう画像があるのも事実である。


    ちょっとへこんだ

    なぜなら。

    私のブログのアイキャッチ。

    だいたいAIだからである。

    読んだ瞬間、

    「あ、私のこと言われてる?」

    と思った。

    別に誰も私に言っていない。

    完全に自意識過剰である。

    それでも少しだけへこんだ。


    でも私は気に入っている

    ところが困ったことに、

    私は今のアイキャッチが結構好きなのである。

    王冠とマントの殿。

    花のこむぎ。

    お団子の私。

    毎回同じ登場人物で作っている。

    もはや素材ではない。

    出演者である。

    記事によって表情は違う。

    状況も違う。

    でも見れば

    「あ、いつもの人たちだ」

    となる。

    私はそれが結構気に入っている。


    このアイキャッチもAIです

    そしてこの記事のアイキャッチ。

    たぶん見ればわかる。

    AIである。

    隠していない。

    堂々としている。

    なんならこの記事で使っている。

    「AI画像きしょい」を読んでへこんだくせに、

    しっかり使っている。

    我ながらメンタルが強いのか弱いのかわからない。


    結局は好きかどうか

    電力消費の話もわかる。

    AI画像が苦手な人がいるのもわかる。

    でも私はたぶんこれからもありがとうと言う。

    そして王冠殿のアイキャッチも使う。

    なぜなら気に入っているからである。

    人の評価が気になる日もある。

    へこむ日もある。

    それでも最後は、

    自分が好きかどうかだと思う。

    少なくとも我が家の王冠殿は、

    今日も元気にマントをなびかせているのである。👑

  • 「大人って助けないんだね」と娘に言われた日

    先日、こむぎとショッピングモールを歩いていた。

    すると目の前で男性が派手に転んだ。

    本当に派手だった。

    つまずいたというより、

    すっころんだ。

    そう表現した方が近い。

    しかも両手には買い物袋。

    買い物を終えたばかりだったのだろう。

    パンパンに膨らんだ袋を抱えたまま前のめりに転び、

    袋の中身は見事に四方八方へ飛び散った。

    あまりに突然で、

    一瞬スローモーションを見ているようだった。

    私は助けなかった

    男性はすぐに立ち上がった。

    そして散らばった荷物を拾い始めた。

    怪我をした様子はない。

    痛そうではあったが、

    救急車を呼ぶような状況でもなかった。

    私は立ち止まらなかった。

    こむぎと一緒にそのまま歩いた。

    冷たかったわけではない。

    むしろ逆だった。

    大人の男性が人前で派手に転ぶ。

    しかもショッピングモールのど真ん中で。

    たぶん本人はものすごく恥ずかしい。

    そんな時に

    「大丈夫ですか?」

    と声をかけるのは、

    かえって羞恥心を刺激する気がした。

    だから私は見なかったことにした。

    何事もなかったように通り過ぎた。

    それが気遣いだと思った。

    こむぎの一言

    しばらく歩いたあとだった。

    こむぎがぽつりと言った。

    「ねぇ」

    「ん?」

    「あーゆーとき周りの大人は誰も助けないんだね」

    ドキッとした。

    その発想はなかった。

    大人の理屈

    私の頭の中にはいろいろな理屈があった。

    怪我はしていなかった。

    大人だから一人で対応できる。

    恥ずかしいだろうから見ない方がいい。

    余計なお世話かもしれない。

    だから通り過ぎた。

    でもこむぎにはそんな理屈はない。

    目の前で人が転んだ。

    荷物が散らばった。

    困っていた。

    なのに誰も助けなかった。

    見えたのはそれだけだった。

    どっちが優しかったのだろう

    今でも正解はわからない。

    私は見て見ぬふりをしたつもりはない。

    気を遣ったつもりだった。

    でもこむぎから見れば、

    困っている人を誰も助けなかった大人たちだった。

    優しさだったのか。

    気遣いだったのか。

    それともただの言い訳だったのか。

    正直わからない。

    ただ一つ言えるのは、

    子どもは時々とんでもなく鋭い。

    そして私はあの日、

    こむぎの一言に

    なんも言えねー

    となったのである。 😅

  • 我が家のトイレが突然ドッキリグランプリになった日

    先日、インスタを見ていたら気になる投稿を見つけた。

    トイレットペーパーの芯にハッカ油を数滴たらすと、トイレが爽やかな香りになるらしい。

    なるほど。

    それは良さそうだ。

    暑くなってきたし、爽やかな空間は大歓迎である。

    というわけで、さっそく試してみた。

    爽やか生活のはずだった

    やったことは簡単である。

    トイレットペーパーの芯にハッカ油を数滴たらしただけ。

    ペーパー本体ではない。

    芯である。

    だから問題ないと思った。

    ところが数日後。

    トイレで違和感を覚えた。

    なんかスースーする。

    気のせいかと思った。

    でもやっぱりスースーする。

    どうやら芯に染み込ませたハッカ油が、ごくわずかにペーパーにも移っていたらしい。

    爽やかどころではない。

    予想以上にスースーする。

    犯人は私だった

    後日、こむぎに聞いてみた。

    「そういえばトイレで何か変なことなかった?」

    すると即答だった。

    「スースーした。」

    やっぱりである。

    気のせいではなかった。

    さらに聞く。

    「なんで言わなかったの?」

    するとこむぎは真顔で言った。

    「ドッキリグランプリの罰ゲームかと思った。」

    爆笑した。

    そうだろう。

    私も同じ立場ならそう思う。

    だが、さらに続きがあった。

    「でも、そういう機能なのかと思った。」

    なぜ受け入れた。

    なぜ最新機能だと思った。

    そんなトイレットペーパーは聞いたことがない。

    しかし、こむぎは疑いながらも受け入れていたらしい。

    一方その頃、殿

    念のため殿にも聞いてみた。

    「トイレでスースーしなかった?」

    すると返事は一言。

    「え?全然。」

    気付いていなかった。

    私も気付いた。

    こむぎも気付いた。

    殿だけ気付かなかった。

    あれだけスースーしていたのに。

    本当に気付かなかったのか。

    気付いていたけど気にしなかったのか。

    真相は分からない。

    ただ一つ分かるのは、

    我が家で一番動じなかったのは殿だったということである。

    SNSのライフハックはほどほどに

    インスタで見た時は良いアイデアだと思った。

    実際、香りは爽やかだった。

    やり方も間違っていない。

    ただ我が家では、ほんの少しだけペーパーに染み込んだことで予想外の展開になった。

    爽やかなトイレを目指したはずが、

    こむぎは罰ゲームを疑い、

    私は原因究明をし、

    殿は何も気付かないまま生活していた。

    いつも思う。

    我が家は何かを試すたびに少しだけ想定外の方向へ進む。

    今回もまた、そんな一日だった。

  • 手羽先事件〜なぜ毎回聞くのだろう〜

    居酒屋に行く。

    すると高確率で発生するイベントがある。

    手羽先事件である。

    殿は必ず手羽先を頼む

    殿は手羽先の唐揚げが好きである。

    好きなのは知っている。

    それはもう十分知っている。

    なぜなら。

    居酒屋に行くたびに頼むからだ。

    近所の居酒屋。

    初めての店。

    旅行先の居酒屋。

    どこでも同じ。

    メニューに手羽先の唐揚げを発見すると、ほぼ反射で注文する。

    もはや条件反射である。

    そして毎回始まる

    手羽先が運ばれてくる。

    すると殿が聞く。

    「食べる?」

    私は答える。

    「食べない。」

    ここまではいい。

    問題はこれが初めての会話ではないことである。

    何回目だろう。

    10回?

    50回?

    100回?

    もう数えるのもやめた。

    とにかく毎回である。

    私は手羽先の唐揚げが好きではない

    誤解のないように言う。

    手羽先自体は嫌いではない。

    問題は居酒屋の手羽先の唐揚げである。

    あれは手がベタベタになる。

    油まみれになる。

    私は少々プチ潔癖である。

    できればおしぼり1枚で済む人生を送りたい。

    なのに手羽先の唐揚げは、

    食べる

    手がベタベタ

    おしぼり消費

    まだベタベタ

    指の匂いが残る

    である。

    だから頼まれても食べない。

    ずっと食べない。

    昔から食べない。

    過去一度でも食べたことがあるだろうか

    むしろ聞きたい。

    私は過去に一度でも、

    「わぁ!手羽先だ!食べる食べる!」

    と言ったことがあるだろうか。

    ない。

    断言できる。

    ない。

    一度もない。

    なのに毎回聞く。

    なぜなのだろう。

    ついに言ってしまった

    先日。

    またその日が来た。

    手羽先到着。

    殿。

    「食べる?」

    私。

    「毎回同じこと聞かれて、毎回同じこと答えてるんだけど。」

    すると殿は言った。

    「好きじゃないなら、そう言ってくれたら頼まない。」

    いや。

    待ってほしい。

    言ってる。

    ずっと言ってる。

    何年も前から言ってる。

    毎回言ってる。

    さっきも言った。

    なんなら今も言った。

    結論

    殿は毎回手羽先を頼む。

    私は毎回断る。

    そして毎回同じ会話をする。

    もはや夫婦の会話というより定期メンテナンスである。

    次回もきっと聞かれる。

    そして私はきっと答える。

    「食べない。」

    想定外ではない。

    完全に想定内である。🤣

  • タイ旅行で忘れていたこと トイレットペーパー問題

    タイ旅行で忘れていたこと トイレットペーパー問題

    バンコク旅行で忘れていたことがある。

    大事なことである。

    トイレットペーパー問題である。

    タイではトイレットペーパーを流せないトイレがある。

    事前に調べていたので知っていた。

    実は私も他の国で経験済みだった。

    だから驚かなかった。

    はずだった。

    ところが。

    殿とこむぎは初体験である。

    二人とも驚いていた。

    特にこむぎ。

    「えっ、流しちゃだめなの?」

    という顔をしていた。

    日本では当たり前のことが当たり前ではない。

    海外旅行の面白いところでもある。

    一番やらかしたのはたぶん私

    そして人間の癖というものは恐ろしい。

    知っている。

    理解している。

    気をつけている。

    それでもやる。

    私は何度かうっかり流しそうになった。

    いや、流したかもしれない。

    正直覚えていない。

    そのくらい無意識である。

    一方こむぎは意外としっかりしていた。

    旅行中、女子チームはだいたい一緒にトイレへ行く。

    だからわかる。

    初めての経験なのに、ちゃんと覚えているのである。

    むしろ経験者の私の方が危なかった。

    殿はどうだったのか。

    知らない。

    男子トイレだからである。

    事前に驚いていたのは見た。

    その後どうだったのかは不明である。

    全部が流せないわけではない

    とはいえ、バンコク中のトイレがそうだったわけではない。

    マリオットでは普通に流せた。

    大きなデパートも問題なかった。

    流せなかったのは小さなショッピングモールや一部の施設、そして例のホラーホテルである。

    だから旅行中ずっと不便だったわけではない。

    ただ、日本との違いを感じる場面ではあった。

    こういう経験も旅行だと思う

    観光地。

    食べ物。

    ホテル。

    もちろんそれも旅行の楽しみである。

    でも私は、こういう小さな文化の違いも好きだ。

    日本では当たり前でも、世界では当たり前ではない。

    こむぎにも、

    「そういう国もあるんだよ」

    ということを知ってもらえたらいいなと思った。

    もっとも。

    一番学ぶべきだったのは、何度もうっかりしそうになった私かもしれない。