ずっと怖かったらしい【バンコク旅行・完結編】

誰も言わないけれど怖かった

ホテルの不気味さには徐々に慣れてきた。

いや。

慣れようとしていただけかもしれない。

誰かが「怖い」と言ったら終わりだった。

たぶんみんな少し怖かった。

でも口には出さなかった。

こむぎも察していたのだと思う。

聞いてもいないのに、

「もう慣れたよ」

「平気だよ」

を何度も繰り返していた。

小さいなりに空気を読んでいたのだろう。

朝食会場にも見られている気がする

朝食は普通だった。

世界中どこにでもあるホテルの朝食ブッフェ。

問題は雰囲気である。

レストランにも例の肖像画。

例の彫刻。

朝から見られている気がする。

気のせいだと思いたい。

滞在中コインランドリーにも行きたかった。

スタッフに聞いたら、

「歩いては行けない」

と言われた。

後からわかった。

普通に歩いて行けた。

なぜ止めた。

そんなこともあった。

超ローカル屋台で昼飲み

ランチは近所の超ローカル屋台へ行った。

英語が通じない。

メニューもタイ語だけ。

衛生面も日本基準で考えたらなかなかのアジア感。

私はこういう店が大好きである。

殿はびびっていた。

こむぎは拒絶に近かった。

結果。

めちゃくちゃ美味しかった。

ガパオも空心菜炒めも最高。

ノースパイシーと言ったのに全然辛かった。

英語が通じていなかったのか。

調理器具に辛さが染み込んでいたのか。

真相は不明である。

でも美味しかった。

暑い屋台で辛いご飯を食べながらビールを飲む。

最高だった。

楽しんでいたのは私だけだったけれど。

汚い池を見ながら夕飯を食べる

夕飯はホテルのレストランへ。

汚い池を眺めながら食べるスタイルである。

味は普通。

値段は高め。

地元では人気らしくいつも混んでいた。

担当制らしく、店員さんが何度も来てくれる。

ビールを注ぐ。

皿を下げる。

追加注文を聞く。

日本人にはちょっと落ち着かない。

さらに初日にチップの説明を受けた。

直接は受け取らないので伝票に金額を書いてくださいとのこと。

少し戸惑ったけれど郷に入っては郷に従えである。

三日も通えば慣れる。

タイまで来てマック

残りの日はGrabで出前も頼んだ。

こむぎ大歓喜。

なぜならマックがあるから。

私はタイ料理。

殿とこむぎはマック。

タイまで来てマックである。

日本食を見つけた日のこむぎ

ショッピングモールにも行った。

そこで見つけた日本食レストラン。

こむぎ大歓喜。

迷わず入店。

しかし海外の日本食レストランは不思議である。

やたらサーモン推し。

あいにく我が家は誰もサーモン好きではない。

殿も私も食べたいものがない。

こむぎだけが迷わずいくら丼を注文した。

値段は全然かわいくなかった。

でも久しぶりにしっかり食べていた。

それだけで十分だった。

バンコクで一番高かったスシロー

別の日にはスシローも発見。

もちろん入った。

こむぎ大歓喜。

見慣れたメニューに囲まれ、今までで一番安心していた。

そして今までで一番食べていた。

値段は全く回転寿司価格ではなかったけれど。

たぶんバンコクで一番お金を使ったのはスシローと日本食レストランである。

もしかしたら寺院の写真撮影より高い。

でも食べないよりはいい。

そう思うことにした。

行かなかった場所もたくさんある

結局アユタヤにも行かなかった。

水上マーケットにも行かなかった。

電車が目の前を通る市場にも行かなかった。

行きたかった。

でも殿もこむぎも絶対楽しくないと言う。

だからやめた。

それも家族旅行である。

最後の最後までタイだった

帰りの空港では最後のタイ料理を食べた。

そして最後の最後でやられた。

大量のパクチー入りヌードル。

食べられない。

空港ご飯は高い。

もしかしたら今回の旅行で一番高かったのは空港ご飯かもしれない。

帰りの飛行機はLCCではなかった。

快適だった。

無事帰国。

特別な事件があったわけではない。

でも十分珍道中だった。

帰宅後に判明したこと

そして帰宅後。

殿がぽつりと言った。

「ずっと怖かった」

特に風呂。

誰かに見られている気がして怖かったらしい。

お前もかい。

でも。

私のせいだとは言われなかった。

それだけで十分である。

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